スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
おもり
今日は天気が良かったので、子どもたちと散歩に行こうと玄関で支度をしていると、

義母「あれ?どこ行くの?」
娘「おさんぽ~。」
義母「え~?どこに?」
娘「ウサギさん(近所で飼っている家がある)のところ」
義母「ウサギさん、小屋の戸閉めてるんじゃないの?」
(せっかく行っても見られないよ、意味無いよ、みたいな感じ?)

こういうやりとり、外に出ようとすると毎回なんです。
さあ行こう!と張り切っているところに、
やれ
「今日は寒い」
「公園はぐちゃぐちゃでダメだ」
「風が強い」
「雨が降ってる」
「雪が降ってる」

ふん!ほっとけ!子どもたちが行きたいと言っていて、付き添いの私がいいと言ってるんだから、いいんだよ!私の子どもだ。私のやり方でやらせてもらうよ!
って、思えればいいんですが、思えません。

悪条件の中で外に出られることが分かれば、今後、私が忙しくてつき合えない時は、義父母に付き添えと子どもは言いに行くでしょう。
子どもにぐずられるのがもっとも忌み嫌うものだという考えの義父母は、悪条件の中、外に出なくてはならなくなるのです。
私が、私の判断だけで散歩に連れ出すことは、いずれ義父母に迷惑をかける元になる可能性があるのです。

以前は、雨の日に外に出て、傘さしたりして雨を体験するのも楽しい散歩、と思っていたけれど、今は、迷惑の元だから行けない散歩、に変わってしまいました。

何気ない義母の一言一言は、私のおもりになっていきます。

人によっては、
「おもりなんてとんでもない!
なんと思いやりのある義父母だ!
こういう言葉は、孫の事を愛し心配してくれている証拠だ。
ありがたいと思いなさい。」
とおっしゃる方もいるでしょう。
その通りです。
でも、私は素直に「ありがたい」とだけは思えない。

そんなに私の判断(こういう気候の時には、どういう格好をさせて、どこへ連れて行くなど)は信用できないのか…、とも思ってしまう。

人間が未熟な証拠、だとは思うけれど。
スポンサーサイト
【2007/04/03 17:44】 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<おもり2 | ホーム | 我が家の鉄道ファン>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://saruchannel.blog74.fc2.com/tb.php/127-04877cc8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。